石の家 3話:バック・トゥ・ザ・・・
直前の画面に戻る2004/01/06 Written by ノア

「ち〜〜〜〜ぃっす。無農薬野菜、お届けに参りましたぁ〜」

石の家の台所。
その裏勝手から、一人の青年が入ってきた。
手に持っている箱の中には、採れたての新鮮な野菜がたっぷりと入っていた。
ビサイドの温暖な気候の中でスクスクと育ったそれらはみな丸々としており、
本当に美味しそうであった。

その箱を持つ手はがっしりとしていた。
たくましい二の腕、
分厚い胸板、
ビサイドの民族衣装を粋に着こなしていた。
しかし特筆すべきはその頭であろう。
天まで届けとばかりに、その赤い髪はおっ立っていた。

海辺の方から・・・賑やかな子供たちの笑い声が聞こえた。
少し離れたこの台所にも、
開け放たれた窓からその声が飛び込んでくる。

「砂浜のほうに居るのかな・・・」

ワッカは野菜箱を台所のテーブルの上に置くと、
そのまま、砂浜のほうへと歩いていった。

「おっ・・・ブリッツやってんのか!」

子供たちの頭の上を、見覚えのある
なつかしのブリッツボールが行ったり来たりしていた。

ルールーの厳しい監督下にある今、ワッカはブリッツを完全引退していた。
おかげで今では、ビサイド一の農夫だ。
彼の作る野菜はスピラ中からお呼びがかかるようになり、
本当にブリッツどころではなくなっていたのも事実である。

羨ましそうに目を細めて見ているワッカの目の前に、
その当のブリッツボールが飛んできた。

「おじちゃ〜ん、こっちに投げてぇ〜〜〜!!」

セフィが無邪気に手を振っている。

「おじちゃん、って・・・・・・や〜〜〜めれぇ〜」

恥ずかしそうに頭をポリポリ掻いた後、
ワッカは・・・ルールーの気配を探ってから、
格好よくオーバーヘッドシュートでボールを返してあげた。

見た目からは想像もつかないその返球に
女の子達は色めきたった。

みなの視線を集めてしまい、どうしたものかと思っていると
目の前に見覚えのある男が立っていた。
ツォンである。
ワッカにこれから定期的に野菜を搬入して欲しいと
先日直接、頼みに来たのは彼であった。

「すみません、勝手なことをしちまって・・・・・・」
「いえいえ。搬入は今日からでしたね、ご苦労様でした。」
「代金の方は・・・えーと・・・・・・」

懐をゴソゴソしていると、
ツォンの腰をツンツンとする小さい手があった。

「その人に、ブリッツ教えて欲しいんだけど!」
「はっはっは。そんな勝手なこと、急にお願いしても無理だよ。」

ワッカのまゆ毛がピクリと動いたのは、
ドナの前にかがみこんで話し出したツォンには見えなかった。

「だって先生は、ブリッツできないじゃない!!」
「うっ・・・・・・!」

それを聞いたワッカは、とさかまで震えがきてしまった。

コーチ・・・コーチ・・・・・・・・・
ブリッツの・・・俺が・・・・・・俺が・・・・・・(ぷるぷるぷるぷる)

「ねぇ〜〜え、あなた、ブリッツ上手なんでしょ?」

ドナの小さい瞳が真っ直ぐワッカを見つめていた。

やめてくれ・・・
俺の・・・俺の固い決意が・・・・・・・・・

海の中に入っていた子供たちも、
いつの間にかドナの周りに集まってきていた。
そしてワッカがビサイド・オーラカのバンダナをしていることに気付き
子供たちの目が一層輝きだしたのを見て、
ツォンもついに根負けしてしまった。

「えーっと・・・ワッカさんでしたよね。」
「ははははははははい・・・・・・・・・(どきどき)」
「当学園はこの通り、ブリッツを授業の一環に取り入れてるのですが・・・」
「生憎私はこの手のことには疎く・・・いや、お恥ずかしい。」
「いや、よそから来ばっかだし、仕方ねぇって・・・」
「そこでお願いなのだが・・・この子達にブリッツをご教授願えないだろうか?」
「(来た来た来た来たーーーーーーーーーー!)」
「もちろんこれは、野菜購入とは別口で、料金をお支払いするつもりです。」

しかし・・・うーむ、こればっかりは、即決は出来ない。
なんといってもブリッツは絶対厳禁と言われている。
嫁さんに相談しないとなぁ・・・・・・

「はいっ、わぁかりました!」 ←声が微妙に裏返ってる

ああ・・・なんて心は正直なんだろう。
頭では一言ぐらい相談せねばと思っていたのに、
ワッカはもう既に上半身の服を脱ぎだしていた。

「でも毎日ってのは無理かもしんねぇなぁ。」
「それに収穫期に入っちまったら、3週間は全く来れねぇと思うんだけど・・・」
「無論です。あなたの本業に支障を与えるわけにはいきますまい。」
「(本業・・・俺の・・・俺の本業・・・・・・か・・・)」

ワッカの目に一瞬宿った遠い光・・・・・・。

何かが弾けたようなワッカは、
気付くと子供たちの中に飛び込んでいった。

集められていた子供たちは目利きのツォンに選び抜かれている為、
みな、とても可愛らしかった。
その小さな手が、小さな瞳が、みな一生懸命にボールを追っている。

か・・・可〜〜〜愛いな・・・
俺も女の子の子供、欲しいなぁ・・・・・・

小一時間ほどレッスンをすると、ワッカは練習を打ち切った。
あまり長時間しても意味はない。

「急にこのようなこと、お願いしてしまい申し訳ない。」
「詳しい打ち合わせもしたいので、お昼でも一緒にいかがですか?」

ワッカも同席すると聞き、子供たちもはりきって準備にとりかかった。

「ほぉ・・・小さいのに、みんなお手伝い・・・するのか。」
「当学園のモットーです。」
「素晴らしい手料理こそが、女子の幸せを作ると思います。」
「自然の中で、伸び伸びと・・・料理でも然りです。」
「人工着色料、科学調味料などもっての他。その点、ワッカさんの野菜は素晴らしい!」
「いやぁ〜、そんなに持ち上げられると・・・(ぽりぽり)」
「・・・ところでコーチ料の件なのですが・・・」
「あ、そんなもん、いらねぇって、ほんとに。」
「俺だってストレス発散・・・じゃなくて楽しんでやってるんだし。」

ツォンがしてやったりとほくそ笑んだのは
今度は下を向いて照れていたワッカには見えなかった。

ああ・・・ワッカ、せめて心づけ程度でももらっていれば、
ルールーも寛容になってくれたかもしれないのに・・・

台所へ入って驚いた。
子供たちと一緒になって昼食の用意をしているのは、
今一番会いたくなかったルールー本人であった。

「ルー・・・!!おおおおお前、なんだってこんなところに・・・」
「あら、言わなかったかしら。私、家庭科の講師として臨時で雇われたのよ。」
「いや、俺も・・・その・・・臨時で・・・体育の講師、頼まれたんだ・・・・・・」
「ふーーーーん・・・体育の講師ねぇーーー」

紫の大きい瞳で見つめ返され、
そういえば報酬はもらわないんだったと思い出したワッカ。

今更・・・ボランティアっつっても遅いか・・・・・・

まだまだ子供の人数は増える予定の当学園、
とてもイデアとツォンだけでは面倒見切れない。
とりあえず、家庭科全般をルールーに委託したのはイデアであった。
もちろん、男子クラスにも家庭科は導入される。
ああ、思春期前の彼らに、
かのような先生をあてがっていいのか、イデアよ。
いや、これもイデアの趣旨に沿ったプランである。
幼少の頃から美しいものを見慣れさせておく・・・
そう、みなの美への価値感を底上げしておくのである。
自分に絶大なる自信があるが故にできるとも言えるが。

偉大なる計画は、まだ始まったばかりである・・・

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